大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)3794号 判決 1969年12月24日
原告
坂井田幸十郎
被告
大平タクシー株式会社
主文
一、被告は原告に対し金四七四、一〇〇円および右金員に対する昭和四四年六月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告のその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告において原告に対し金四七〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一原告の申立
被告は原告に対し金一、五八八、一〇〇円および右金員に対する昭和四四年六月二八日(請求拡張の準備書面送達の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。
との判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四二年一〇月二五日午前零時一〇分ごろ
ところ 大阪市東区谷町五丁目一八番地先路上
事故車 普通乗用自動車(タクシー)
運転者 訴外堀本秀一
受傷者 原告
態様 事故車が前記路上を横断歩行中の原告に衝突して同人を転倒させた。
二、責任原因
被告は訴外堀本に事故車を運転させ、これを自己のため運行の用に供していた。
三、損害の填補
原告は被告から本件事故により蒙つた後記損害に対し、金五〇、〇〇〇円の支払いを受けた。
第三争点
(原告の主張)
一、傷害
原告が本件事故により負つた傷害は、入院五四日、治療約一一〇日を要する頭部打撲創、前庭機能障碍、両脚両手打撲擦過創である。
二、損害
(一) 休業補償 七三八、一〇〇円
原告は、自ら理容師として稼働しながら理髪店を経営しているもので、その収入は、少くとも大阪府理容環境衛生同業組合の認定する理容師の平均労働賃金を下らないものであるところ、右平均労働賃金は、週の内水・木・金曜の三日間は一日当り各一、八〇〇円、火・土曜の両日は一日当り各二、一〇〇円、日曜又は祭日は一日当り二、五〇〇円、一週計一二、一〇〇円である。原告は本件受傷のため、昭和四二年一〇月二五日より同四三年一二月三一日までの六週間稼働し得なかつたので、その間の得べかりし利益の損失は、計七三八、一〇〇円となる。
(二) 慰藉料 八〇〇、〇〇〇円
原告は前記のとおり入院及び治療を要する傷害を受け、昭和四三年一二月末に至るもなお頭部脚部に後遺症があつて、一人歩きは危険な状態が続いている。他方被告には全く誠意が認められない。そこで慰藉料として右額が相当である。
(三) 弁護士費用 五〇、〇〇〇円
(被告の主張)
一、損害について
(一) 原告は、事故後間もなく警察官の取調べの際に「理髪の店は息子がやつている」旨述べており、当時六九歳の高令で、かつ老人性の両膝変形性関節炎・高血圧性動脈硬化症等の疾患を有していたもので、同人が理髪師として稼働し収入を得ていたとは認め難い。
(二) 仮にそうでないとしても、原告主張の同業組合の平均労働賃金は、働き盛りの所謂渡り職人に適用さるべきもので、原告のような高令・身体不自由者に適用さるべきものではない。又このような老人に、理髪のように終日立ちづめの仕事を通常人と全く同じに稼働しうる可能性も、週一回の休日を除いて連日稼働できる可能性も、認めることはできない。
(三) 原告は昭和四三年四月三日まで通院して症状固定しているから、その後に通院があつたとしても、それは本件事故に相当でない内科の治療と思われる。又原告に前記のような老人性両膝関節炎・動脈硬化症などがあつた為、治療が長びいたものと解せられるので、慰藉料算定上右事情を斟酌すべきである。
二、過失相殺
本件事故発生については、原告にも、事故車が道路左方から近接してくるのを認めたのであるから、そのような場合、道路(横断歩道ではない)を横断しようとする者としては、自動車運転者が横断者に気付かず(深夜であり暗かつた)、或いは横断者の方で停止するものと思いこんでそのまま通過するかも知れぬことを予測し、一旦停止して自動車の動行を確めてから横断をすべきであつたのに拘らず、これを怠つて慢然事故車進路前方を横切ろうとした過失があるというべきであり、右は損害額算定上斟酌さるべきである。
第四証拠〔略〕
第五争点に対する判断
一、傷害
本件事故により、原告は頭部打撲創、前庭機能障碍、両脚両手打撲擦過創の傷害を受けた。〔証拠略〕
二、損害
(一) 休業補償 四二三、五〇〇円
職業 原告は息子と共に理髪業を営み、理容師として稼働していた。
収入 原告は当時六九歳の老令であり、高血圧等の症状もあつて、必しも健康体とはいえなかつたから、通常青壮年の理髪師と同様な稼働はなしえなかつたであろうけれども、現在、後記認定のような後遺症状のもとにおいて一日に二―三人程度の理髪をなしえていることに照らしても、事故前は一日当り客五―七人程度の稼働はなし得ていたものと認められる。
そしてそうとすれば、単なる雇人でなく、自ら営業していた原告として、右稼働により、少くとも大阪府理容環境衛生同業組合協定の雇入れ理容師の平均労働賃金一週間当り計一二、一〇〇円相当程度の収入はあつたものというべきである。
休業期間 原告は事故後昭和四三年一二月末日まで全く稼働していないことが認められるが、その年令並びに後記認定のようにその後遺的症状が必しも本件事故にのみ基因しているものとは認められないことなど考えると、本件事故に相当因果関係ある休業期間としては、事故発生の日より昭和四三年六月末までの約三五週間と認めるのが相当である。
逸失利益額計金四二三、五〇〇円
(算式一二、一〇〇円×三五週間)
(〔証拠略〕)
(二) 慰藉料 四〇〇、〇〇〇円
原告は前認定の傷害を負い、事故当日より昭和四二年一二月一七日まで入院加療をなした他、爾後同四三年四月三日まで通院加療を要したが、症状固定して、歩行不完全で一人歩きは危険であり、又記憶力の減退した後遺的症状が残存した。尤も右症状は老人性両膝変形性関節炎及び高血圧性動脈硬化による中枢性歩行障碍に基因するところも少なからず考えられ、その症状のすべてが専ら本件事故にのみもとづくものとは断定し難い。(〔証拠略〕)。その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料は右額が相当である。
(三) 弁護士費用 五〇、〇〇〇円 (〔証拠略〕)
三、過失相殺
(一) 本件事故発生地は、幅凡そ一〇余メートルの舗装部分(車両はこの部分を通行する)と、その西側にほぼこれと同程度の幅の未舗装部分のある南北に通ずる見とおしのよい道路である。
(二) 原告は事故発生地西側にある銭湯から出て、右道路を横断すべく左右を見たところ、左(北)方遠くに自動車のヘッドライトを認めたのみであつたので充分横断しうると考え、ゆつくり東に向け横断を始めたが、前記舗装部分のほぼ中央近くあたりまで達したところで横断を終えたものと錯覚し、右折南面して歩いているうち、後方から事故車に衝突され本件事故発生に至つた。他方、訴外堀本は事故車を運転して時速約四〇ないし五〇キロメートルで前記道路舗装部分中央やや左(東)寄りを南進し、途中幾分減速して本件事故発生地附近に差しかかつたが、前方約三二メートルの舗装部分中央やや右寄りあたりに、自車に背を向けて南に向けゆつくり歩行中の原告の姿を認めたものの、原告は真つすぐ歩いてゆくものとのみ軽信してそのままその側方を進行通過しうるものと考え、警音器吹鳴・徐行・転把等の何らの措置も講ずることなく進行を続けたところ、約二七メートル進んだ地点で、前方約七メートルの自車進路上に出て来ている原告を認め、危険を感じて急拠制動措置を講ずると共に、警音器を吹鳴して左転把したが及ばず、事故車右前フェンダー角を後方から原告に衝突させ、これをボンネットにすくい上げたのち、路上に転倒せしめた。
(三) 右事実によれば、本件事故発生については、深夜、車両の走行する道路舗装部分附近を、後方から来る車両に背を向けたまま充分の注意を払うこともなく漫然歩行していた原告の過失は免れ難いところであり、これを、深夜かつ走行路中央附近を背を向けたまま悠然歩行している異常な原告の姿に気付きながら、警音器吹鳴・徐行等の措置を講ずることなく、その側方を通過しうるものと軽信して慢然進行した訴外堀本の事故車運転上の過失、その他前記認定の本件事故の諸般の状況に照らし斟酌すると、原告の前記損害額はその四割を過失相殺するのが相当である。(〔証拠略〕)
第六結論
被告は原告に対し前認定の損害額計八七三、五〇〇円に前記過失相殺を加えた金五二四、一〇〇円から前記被告の支払つた損害の填補分金五〇、〇〇〇円を差引いた金四七四、一〇〇円および右金員に対する昭和四四年六月二八日(本件不法行為発生以後の日)から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
訴訟費用の負担につき民訴法九二条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 西岡宜兄)